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2019年9月4日水曜日

【本の紹介】花ばぁば




 日本はかつて多くの国々と戦争をして負けました。この絵本は、その戦争中に旧日本軍の「慰安婦」だった韓国の女性を描いています。作者のクォン・ユンドクさんは韓国の絵本作家です。クォンさんは、元慰安婦のシム・ダリョンさんの証言をもとにこの絵本をつくりました。
 日本軍「慰安婦」だったシムさんは体だけでなく心にも傷を負いました。シムさんが園芸セラピーで押し花をつくっているのは、心の傷を癒すためでしょう。「花が大好き」なシムさんは「花ばぁば」と呼ばれるようになりました。
 花ばぁばが12歳か13歳だったころのことです。お姉さんと一緒に野原で食べ物にする野草をとっているとき、二人はトラックでやってきた大人たちに連れ去られてしまいます。船に乗せられ、どれだけの時間が過ぎたのか、どこに向かっているのかもわからないまま、行き着いたところで花ばぁばは日本軍「慰安婦」になったのです。
 日本軍「慰安婦」として強いられた生活の悲惨さ、そして戦争が終わってからも続いた過酷な人生に心を痛めます。それでも、この絵本を美しく描いた作者の心情に思いを寄せ、幅広い年代の多くの人に、この絵本を手に取ってもらいたいと強く願わずにはいられません。この絵本には、すべての人々の平和を求める普遍的な願いが込められているからです。


 絵本の「花ばぁば」が発刊されるまでには紆余曲折があり、長い年月を必要としました。8月28日に開かれた「芸術と憲法を考える連続講座」(主催・東京藝術大学音楽学部楽理科)の第20回で出版に至るまでの経緯が紹介されました。
 この絵本は、日本の絵本作家による呼びかけで始まった「日・中・韓 平和絵本」シリーズの1冊としてつくられました。呼びかけを行った絵本作家は田畑精一さん、田島征三さん、和歌山静子さん、浜田桂子さんの4人です。日本、中国、韓国の3カ国の絵本作家が参加し、それぞれの作品をそれぞれの国、それぞれの言語で発刊しあうという3カ国共同出版の試みです。平和を願い、国の違いを超えた相互理解と痛みの共有を目指すプロジェクトでした。
 この絵本の韓国語版は2010年に初版が発刊されました。日本語版の出版に向けて、作者のクォンさんは日本で出された意見も踏まえ改訂版をつくります。改訂版は2015年に、韓国と中国で発刊されました。しかし、日本で発刊することはなかなか実現できませんでした。日本の絵本作家たちは、この絵本を日本で出版することの意義を理解し、刊行に向けて努力を続けました。そして、2018年4月、この絵本シリーズを手がけた出版社とは別の出版社から出版することができました。
 8月28日の連続講座第20回ではこの絵本シリーズのきっかけをつくった絵本作家の田島さんと浜田さんが、「花ばぁば」が発刊されるまでの経緯、そして出版に向けられた熱意を語りました。日本での出版に際して問題視されたのは、元慰安婦のシムさんの証言が史実と合わない、あるいは証拠がないなどとする指摘があったことのようです。シムさんの証言が正確とはいえないということでしょう。ただ、クォンさんはこの絵本に掲載された「著者からの言葉」の中で次のように述べています。
 「私たちは被害者の証言に何かを要求するよりも、まず彼女たちが経験した痛みに共感する姿勢を持たなければなりません。証言は、事実を証明する資料である以前に、事実を明らかにすることで証言者自身が大切な人として、生まれ変わる過程でもあるからです」
 クォンさんの指摘に共感するとともに、「証言者」が「大切な人」として生まれ変わるとき、私たち自身も生まれ変われる機会を得ることになるのではないかと思いました。この絵本を通じてシムさんの痛み、そして思いを少しでも共有できたのであれば、とてもうれしく思います。この夏、「あいちトリエンナーレ2019」では「表現の不自由展・その後」の展示が中止になりました。展示作品の一つだった「平和の少女像」は日本軍「慰安婦」を象徴するものとして問題視されていたようです。展示中止となった過程に胸騒ぎを覚える一方で、あらためて「花ばぁば」の出版を意義深いものとしてしっかり受け止めたいと思います。(店主)

花ばぁば
クォン・ユンドク 絵/文
桑畑優香 訳

ころから
2018年4月29日発行
本体1800円+税

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